殺人鬼に30の質問
「これから殺人鬼さんに30の質問をしてみたいと思います。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「1、名前を教えてください」
「ノーコメント」
「2、性別を教えてください」
「ノーコメント」
「3、年齢を教えてください」
「ノーコメント」
「4、血液型を教えてください」
「ノーコメント」
「5、職業を教えてください」
「ノーコメント」
「6、出身地を教えてください」
「ノーコメント」
「7、趣味を教えてください」
「ノーコメント」
「8、座右の銘を教えてください」
「ノーコメント」
「9、尊敬する人物を教えてください」
「ノーコメント」
「10、愛読書を教えてください」
「ノーコメント」
「11、どういった時に人を殺したくなりますか?」
「ノーコメント」
「12、はじめて人を殺したのはいくつの時ですか?」
「ノーコメント」
「13、その時はどんな気持ちでしたか?」
「ノーコメント」
「14、人を虫ケラだと思いますか?」
「ノーコメント」
「15、良心は痛みませんか?」
「ノーコメント」
「16、後悔したことはありませんか?」
「ノーコメント」
「17、どのように人を殺しますか?」
「ノーコメント」
「18、自分の大切な人が殺されたらどう思いますか?」
「ノーコメント」
「19、自分を狂ってると思いますか?」
「ノーコメント」
「20、殺したい人はいますか?」
「ノーコメント」
「21、質問に答える気がありますか?」
「ノーコメント」
「22、本当は答える気がないのではありませんか?」
「ノーコメント」
「23、質問なんてくだらないと思っていませんか?」
「ノーコメント」
「24、私のことをバカだと思っていますか?」
「ノーコメント」
「25、なぜ答えてくれないんですか?」
「ノーコメント」
「26、しゃべれないわけがあるんですか?」
「ノーコメント」
「27、なぜ――」
「ノーコメント」
「にじゅ――」
「ノーコメント」
「に――」
「ノーコメント」
「……30、お疲れ様でした。最後にひと言お願いします」
「お疲れ様でした。最期にひと言お願いします」
「よろしくお願いします」
「1、名前を教えてください」
「ノーコメント」
「2、性別を教えてください」
「ノーコメント」
「3、年齢を教えてください」
「ノーコメント」
「4、血液型を教えてください」
「ノーコメント」
「5、職業を教えてください」
「ノーコメント」
「6、出身地を教えてください」
「ノーコメント」
「7、趣味を教えてください」
「ノーコメント」
「8、座右の銘を教えてください」
「ノーコメント」
「9、尊敬する人物を教えてください」
「ノーコメント」
「10、愛読書を教えてください」
「ノーコメント」
「11、どういった時に人を殺したくなりますか?」
「ノーコメント」
「12、はじめて人を殺したのはいくつの時ですか?」
「ノーコメント」
「13、その時はどんな気持ちでしたか?」
「ノーコメント」
「14、人を虫ケラだと思いますか?」
「ノーコメント」
「15、良心は痛みませんか?」
「ノーコメント」
「16、後悔したことはありませんか?」
「ノーコメント」
「17、どのように人を殺しますか?」
「ノーコメント」
「18、自分の大切な人が殺されたらどう思いますか?」
「ノーコメント」
「19、自分を狂ってると思いますか?」
「ノーコメント」
「20、殺したい人はいますか?」
「ノーコメント」
「21、質問に答える気がありますか?」
「ノーコメント」
「22、本当は答える気がないのではありませんか?」
「ノーコメント」
「23、質問なんてくだらないと思っていませんか?」
「ノーコメント」
「24、私のことをバカだと思っていますか?」
「ノーコメント」
「25、なぜ答えてくれないんですか?」
「ノーコメント」
「26、しゃべれないわけがあるんですか?」
「ノーコメント」
「27、なぜ――」
「ノーコメント」
「にじゅ――」
「ノーコメント」
「に――」
「ノーコメント」
「……30、お疲れ様でした。最後にひと言お願いします」
「お疲れ様でした。最期にひと言お願いします」
マウス
「またマウスが出たらしいぜ」
「本当か!」
「またですか」
「マウ様が?」
「悪魔降臨」
「え? 何?」
「……」
「昨日の夜、セントラル銀行を襲撃したんだってさ」
「あのセントラル銀行か! すげえ!」
「まったく、警察は何やってたんですかね」
「本当に襲撃なの? わけがあったんじゃない?」
「悪魔め、とうとう銀行強盗までしやがったのか」
「ねぇ、ちょっと、みんなってば」
「……」
「まるまる1億、強奪したらしいぜ」
「うおお! い、1億! 一生遊んで暮らせる額だ!」
「仕事をしない警察も、給料泥棒ですけどね」
「きっと深いわけがあるのよ」
「悪魔もカネに目がくらんだか」
「おーい、マウスって何なの?」
「……」
「警官隊が銀行を包囲したら、美人秘書を人質にとったらしい」
「美人秘書! マウスもやるなぁ!」
「人質をとられるなんて、警察はマヌケですね」
「秘書の陰謀よ。マウ様をおとしめるつもりだわ」
「堕ちるところまで堕ちたな」
「マーウースーってナーニー?」
「……」
「最後は警官隊に発砲してトンズラ。2、3人殉職したらしいぜ」
「か、過激だ!」
「お気の毒に。原因のひとつは、決断力のない警察上層部ですね」
「警官隊が同士討ちしたんじゃないの?」
「殺人だ! 捕まえて死刑だ! 地獄へ送り返せ!」
「教えてくれってばぁ」
「……」
「ところで、さっきから怖い顔してどうしたの?」
「うわっ、おっかねぇ!」
「そんな顔してると、男も寄り付きませんよ」
「いつも以上に機嫌悪い顔ね」
「こっちも悪魔降臨だ」
「変な顔。それよりマウスのこと教えてよ!」
「……ハハハ、別に怖い顔なんてしてないよ。でも、ちょぉっと一言いいかな? あ、でも誤解しないでね! 別にマウスを擁護するわけじゃないのよ? 盗みは犯罪、これあたり前。でも、憶測とか推測でマウスのことを悪く言うのはどうかなって思うわ。さっきから聞いてると“らしい”的な話ばっかりで、正確な情報っていうか、事実っていうか――いわゆる真実が見落とされてる気がするの! 例えば、“襲撃”だと暴力的な印象を受けちゃうけど、実際は真夜中の無人オフィスに“忍び込んだ”ってことだと思うのよ! それに1億のことだけど、もしかしたら、もしかしたらよ?――実は銀行が脱税してて、不正に貯めた裏金って可能性もあるよね! それが表沙汰になっちゃって、今頃は銀行の人たち大慌てかもしれないし! はぁはぁ……。美人秘書は、えーと、絶対に嘘ね! あのブロンド女は目立ちたがりで有名だから! それに美人でもないし! 警官の殉職だってそうよ、確実に真実じゃないわ! これは私の勝手な妄想だけど、警官隊が銀行に突入する時、バカが勝手に転んじゃって、それを見た同僚連中がビックリしちゃって、けっきょくパニックのドミノ倒しになっちゃって、結果的に3人がケガしちゃった、とかね! 殉職は単なるデマ情報だったりしてね! ごほっ……。あくまで妄想だけど、なくはないよね! そもそもマウスの由来って知ってる? 実はモデルがいて、大昔のエドって所にいた義賊なの! ギ・ゾ・ク! 悪人からおカネを盗んで、社会的弱者に配っていたらしいわ! もちろん盗みは犯罪だけど、実際は――社会秩序が――そういう意味では――ああだこうだ――っていうわけよ! ぜぇぜぇ……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あ、いや……これは……実はマウスに興味があって……その……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……マウスはブサイクなの?」
「美人だよ!」
著:2008年1月12日
「本当か!」
「またですか」
「マウ様が?」
「悪魔降臨」
「え? 何?」
「……」
「昨日の夜、セントラル銀行を襲撃したんだってさ」
「あのセントラル銀行か! すげえ!」
「まったく、警察は何やってたんですかね」
「本当に襲撃なの? わけがあったんじゃない?」
「悪魔め、とうとう銀行強盗までしやがったのか」
「ねぇ、ちょっと、みんなってば」
「……」
「まるまる1億、強奪したらしいぜ」
「うおお! い、1億! 一生遊んで暮らせる額だ!」
「仕事をしない警察も、給料泥棒ですけどね」
「きっと深いわけがあるのよ」
「悪魔もカネに目がくらんだか」
「おーい、マウスって何なの?」
「……」
「警官隊が銀行を包囲したら、美人秘書を人質にとったらしい」
「美人秘書! マウスもやるなぁ!」
「人質をとられるなんて、警察はマヌケですね」
「秘書の陰謀よ。マウ様をおとしめるつもりだわ」
「堕ちるところまで堕ちたな」
「マーウースーってナーニー?」
「……」
「最後は警官隊に発砲してトンズラ。2、3人殉職したらしいぜ」
「か、過激だ!」
「お気の毒に。原因のひとつは、決断力のない警察上層部ですね」
「警官隊が同士討ちしたんじゃないの?」
「殺人だ! 捕まえて死刑だ! 地獄へ送り返せ!」
「教えてくれってばぁ」
「……」
「ところで、さっきから怖い顔してどうしたの?」
「うわっ、おっかねぇ!」
「そんな顔してると、男も寄り付きませんよ」
「いつも以上に機嫌悪い顔ね」
「こっちも悪魔降臨だ」
「変な顔。それよりマウスのこと教えてよ!」
「……ハハハ、別に怖い顔なんてしてないよ。でも、ちょぉっと一言いいかな? あ、でも誤解しないでね! 別にマウスを擁護するわけじゃないのよ? 盗みは犯罪、これあたり前。でも、憶測とか推測でマウスのことを悪く言うのはどうかなって思うわ。さっきから聞いてると“らしい”的な話ばっかりで、正確な情報っていうか、事実っていうか――いわゆる真実が見落とされてる気がするの! 例えば、“襲撃”だと暴力的な印象を受けちゃうけど、実際は真夜中の無人オフィスに“忍び込んだ”ってことだと思うのよ! それに1億のことだけど、もしかしたら、もしかしたらよ?――実は銀行が脱税してて、不正に貯めた裏金って可能性もあるよね! それが表沙汰になっちゃって、今頃は銀行の人たち大慌てかもしれないし! はぁはぁ……。美人秘書は、えーと、絶対に嘘ね! あのブロンド女は目立ちたがりで有名だから! それに美人でもないし! 警官の殉職だってそうよ、確実に真実じゃないわ! これは私の勝手な妄想だけど、警官隊が銀行に突入する時、バカが勝手に転んじゃって、それを見た同僚連中がビックリしちゃって、けっきょくパニックのドミノ倒しになっちゃって、結果的に3人がケガしちゃった、とかね! 殉職は単なるデマ情報だったりしてね! ごほっ……。あくまで妄想だけど、なくはないよね! そもそもマウスの由来って知ってる? 実はモデルがいて、大昔のエドって所にいた義賊なの! ギ・ゾ・ク! 悪人からおカネを盗んで、社会的弱者に配っていたらしいわ! もちろん盗みは犯罪だけど、実際は――社会秩序が――そういう意味では――ああだこうだ――っていうわけよ! ぜぇぜぇ……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あ、いや……これは……実はマウスに興味があって……その……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……マウスはブサイクなの?」
「美人だよ!」
著:2008年1月12日
ナンセンスなSF小説とは?
ナンセンスなSF小説とは、簡単にいうと、“ナンセンスさ”と“SF”をミックスさせた小説の事です。
ちなみにSFは“少し不思議[Sukoshi Fushigi]”の略です。
おわり。
ちなみにSFは“少し不思議[Sukoshi Fushigi]”の略です。
おわり。
あなたをとりこにする未来の味
仕事帰りだった。
ふと立ち寄ってみた八百屋の店先には、所狭しと旬の野菜や果物が並べられていた。ごく普通の八百屋だ。
しかし、そう思ったのもつかの間だった。八百屋らしからぬ異質な物体が、僕の目に飛び込んできたからだ。
店の隅に1個ポツンと置いてあるのだが、何だこれは、と思うには充分の存在感だった。
それは球体に近い形をしていた。握りコブシほどの大きさで、滑らかな銀色の表面は、眩しいほどに光を反射していた。
これは食べ物だろうか、と僕が思うのも当然である。少なくとも、珍しい外国の食べ物なんてレベルではなかった。
好奇心に駆られて指を押しあててみると、ヒンヤリしていて硬い事がわかった。そのままなぞって指を離すと、表面にはくっきりと指紋が残った。
これは金属だ――僕の疑念は確信に変わるのだった。
ここは八百屋だったはず、と思って看板を睨んだが、はっきり八百屋と書かれている。八百屋なのは間違いない。いや、金属を売る八百屋だと訂正するべきか。しかしそれは八百屋といえるのか。むしろ……。
混乱状態の僕だったが、銀色の球体――つまりギンタマにはラベルが貼ってあると気付いた。
どうやら《未来リンゴ》と書いてあるようだ。
リンゴなら八百屋で売っても問題ないと思ったが、どう見ても金属である。意味がわからなかった。
けれど、悩んでいてもしょうがない。
とりあえずギンタマには別れを告げ、これからは未来リンゴと呼ぶ事にした。確かにじっくりと形を見れば、リンゴらしい形はしている。いくら混乱してたからって、ギンタマなんてバカげた名前を付けた自分が恥ずかしかった。
気を取り直してラベルの続きを読むと、《19,800》と書かれていた。
高い、あまりに高い。今着ているスーツと同じくらいの値段ではないか。あまりのバカげた値段に僕は戦慄を覚えた。
けれど、こんな値段では買い手がつかない、経営が立ち行かなくなる、店主は勉強し直すべきだ、そもそも金属を売るな、と要らぬ心配をする自分もバカだと思った。
そしてラベルの最後は、この一文で締めくくられていた。
《あなたをとりこにする未来の味》
僕は愚かにも、食べてみたいと思ってしまった。
もちろん金属だって事も、バカバカしいって事もわかっている。
でも食べてみたいのだ! 食べれるかすら疑わしいが、食べてみたいのだ!
それは好奇心や冒険心、あるいは怖いもの見たさなのかもしれない。さらに言うなら、開けてはならない箱を前にした、愚女・パンドラの心境なのかもしれない。
ラベルの一文を見ながら、僕は深く悩んだ。
だが、そんな僕の苦悩を他人がわかるはずもない。むしろ異常と捉えるだろう。何しろ、スーツ姿の男が直立不動で、ギンタ――未来リンゴを凝視しているのだ。しかもずっとだ。ちょっと危ない人と思われても仕方がなかった。
八百屋のオヤジが声をかけてきたのも、そんな僕に脅威を感じ取ったからだろう。いや、そうに違いない。
僕は不快感を顔で表現してやったが、オヤジは気にもせず、とても早い口調でまくし立ててきた。何を言っているのか意味不明である。
そのうち、接客業らしからぬオヤジの振る舞いに、僕はだんだんと腹が立ってきた。こんな口の臭いオヤジは不衛生である、八百屋として不適格である、衛生局に密告してやろうか、などと一瞬考えた。
けれど、どうにもこうにも、オヤジなんかより未来リンゴが気になって仕方がなかった。
気持ちを抑え切れなくなった僕は、不覚にも「これは何だ」と尋ねてしまった。
オヤジは喋るのをピタリとやめると、ニヤリと笑って「何をおっしゃるんですか、未来リンゴに決まってるじゃないですか」と答えた。
そりゃそうだ、と妙に納得してしまう自分が許せなかった。
オヤジの口臭も許せなかった。ついでにオヤジの猫なで声も許せなかった。
アパートに帰った時、あたりはすでに真っ暗になっていた。
Tシャツに着替えて台所へ行くと、未来リンゴが僕を迎えてくれた。
テーブルの上にポツンと置かれた金属球を見て、今からこれを食べようとする非道徳的な自分を呪った。まさに神をも恐れぬ行為だ。おぉ、主よ許したまえ!
……でも、すぐに神なんて忘れた。今は未来リンゴである。
僕はハチマキをすると、作業着を羽織った。準備は万全だ。
さぁ、やってやろうじゃないか!
雄叫びと共にチェーンソウが唸りを上げる! 爆音の中、僕は高速回転する刃を、未来リンゴに向けてゆっくりと下ろした。両者がふれ合った瞬間、耳をつんざく鉄削音と、血しぶきのごとき火花が襲いかかってきた!
うるさい、熱い、ついでに痛い――という負の感覚を塗り潰すべく、僕はひたすら雄叫びを上げ続けた。
そんな状態で――いや、そんな状態だからこそ理解した。食べ物とは料理する物ではなく、倒すべき者なのだと。そして、これは聖戦と呼ぶべき戦いなのだと。与えられた使命なのだと!
しかしいつの時代にも、使命に目覚めた者を妨害する愚か者が存在する。例を挙げるなら、たった今、ドアの外で「うるさい」と騒いでいる近隣住民たちがそうだ。
品位のカケラもない、まったく迷惑な連中である。僕は戦いで忙しいのだ。ジャマするな、このファッXXXXコども!
20分もたった頃、アパートの一室は想像を絶する光景となっていた。
雄叫び、チェーンソウの爆音、鉄削音、ほとばしる火花、部屋を取り囲む群衆、それらが複雑に絡み合い、阿鼻叫喚の地獄絵図さながら――ある種の芸術作品というべき状態になっていた。
だがもちろん完成はしていない。この場においての芸術の完成とは即ち、僕か未来リンゴのどちらかの死を意味するからだ。
事実、僕の身体は悲鳴を上げていた。踏ん張り続けた脚はガクガクと震えており、疲労の蓄積した腕に感覚はなかった。
そんな僕を支えたのは、この未来リンゴなる謎の物体に挑戦するというフロンティア魂であり、「あなたじゃムリですよ」と鼻で笑った八百屋のオヤジへの対抗心であり、自分を超えたいと願う向上心であり、つまりは男のプライドなのだった。
未来リンゴも「食われてなるものか」と言わんばかりに、強烈な抵抗を見せていた。最後の最後、薄皮1枚がどうしても切れないのだ。
今やカン高い鉄削音はなりを潜め、サビた鉄がコスれ合う鈍い音が響くのみだった。それは、未来リンゴの断末魔の叫びとも呼べるだろう。
叫びと叫びが飛び交う中、僕は最後の賭けに出た。「これで終わりだ」と全体重を腕に乗せ、ありったけの――それこそ魂の叫びを上げた!
その時、全てが真っ白になった……。
部屋の外から聞こえる近隣住民の怒号によって、僕の意識は不鮮明ながらも呼び戻された。
床にうつ伏せている自分の身体は言う事を聞かず、すでに起き上がる力すら残っていない事を悟った。魂を支配していた炎の情熱も消えている。残ったのは抜け殻のような身体だけだった。
沈黙し、床に突き刺さったチェーンソウは、さながら墓標といったところか。まさに死人――あるいはゾンビである。
そんなゾンビの瞳が捉えたのは、一口サイズに分解された未来リンゴだった。
僕は震える腕を伸ばしてそれを掴み、ゆっくりと、ゆっくりと口の中へ運んだ。不思議とためらいはなかった。
もうろうとする意識の中、僕は思った。
未来は、やっぱり甘くない。
ふと立ち寄ってみた八百屋の店先には、所狭しと旬の野菜や果物が並べられていた。ごく普通の八百屋だ。
しかし、そう思ったのもつかの間だった。八百屋らしからぬ異質な物体が、僕の目に飛び込んできたからだ。
店の隅に1個ポツンと置いてあるのだが、何だこれは、と思うには充分の存在感だった。
それは球体に近い形をしていた。握りコブシほどの大きさで、滑らかな銀色の表面は、眩しいほどに光を反射していた。
これは食べ物だろうか、と僕が思うのも当然である。少なくとも、珍しい外国の食べ物なんてレベルではなかった。
好奇心に駆られて指を押しあててみると、ヒンヤリしていて硬い事がわかった。そのままなぞって指を離すと、表面にはくっきりと指紋が残った。
これは金属だ――僕の疑念は確信に変わるのだった。
ここは八百屋だったはず、と思って看板を睨んだが、はっきり八百屋と書かれている。八百屋なのは間違いない。いや、金属を売る八百屋だと訂正するべきか。しかしそれは八百屋といえるのか。むしろ……。
混乱状態の僕だったが、銀色の球体――つまりギンタマにはラベルが貼ってあると気付いた。
どうやら《未来リンゴ》と書いてあるようだ。
リンゴなら八百屋で売っても問題ないと思ったが、どう見ても金属である。意味がわからなかった。
けれど、悩んでいてもしょうがない。
とりあえずギンタマには別れを告げ、これからは未来リンゴと呼ぶ事にした。確かにじっくりと形を見れば、リンゴらしい形はしている。いくら混乱してたからって、ギンタマなんてバカげた名前を付けた自分が恥ずかしかった。
気を取り直してラベルの続きを読むと、《19,800》と書かれていた。
高い、あまりに高い。今着ているスーツと同じくらいの値段ではないか。あまりのバカげた値段に僕は戦慄を覚えた。
けれど、こんな値段では買い手がつかない、経営が立ち行かなくなる、店主は勉強し直すべきだ、そもそも金属を売るな、と要らぬ心配をする自分もバカだと思った。
そしてラベルの最後は、この一文で締めくくられていた。
《あなたをとりこにする未来の味》
僕は愚かにも、食べてみたいと思ってしまった。
もちろん金属だって事も、バカバカしいって事もわかっている。
でも食べてみたいのだ! 食べれるかすら疑わしいが、食べてみたいのだ!
それは好奇心や冒険心、あるいは怖いもの見たさなのかもしれない。さらに言うなら、開けてはならない箱を前にした、愚女・パンドラの心境なのかもしれない。
ラベルの一文を見ながら、僕は深く悩んだ。
だが、そんな僕の苦悩を他人がわかるはずもない。むしろ異常と捉えるだろう。何しろ、スーツ姿の男が直立不動で、ギンタ――未来リンゴを凝視しているのだ。しかもずっとだ。ちょっと危ない人と思われても仕方がなかった。
八百屋のオヤジが声をかけてきたのも、そんな僕に脅威を感じ取ったからだろう。いや、そうに違いない。
僕は不快感を顔で表現してやったが、オヤジは気にもせず、とても早い口調でまくし立ててきた。何を言っているのか意味不明である。
そのうち、接客業らしからぬオヤジの振る舞いに、僕はだんだんと腹が立ってきた。こんな口の臭いオヤジは不衛生である、八百屋として不適格である、衛生局に密告してやろうか、などと一瞬考えた。
けれど、どうにもこうにも、オヤジなんかより未来リンゴが気になって仕方がなかった。
気持ちを抑え切れなくなった僕は、不覚にも「これは何だ」と尋ねてしまった。
オヤジは喋るのをピタリとやめると、ニヤリと笑って「何をおっしゃるんですか、未来リンゴに決まってるじゃないですか」と答えた。
そりゃそうだ、と妙に納得してしまう自分が許せなかった。
オヤジの口臭も許せなかった。ついでにオヤジの猫なで声も許せなかった。
アパートに帰った時、あたりはすでに真っ暗になっていた。
Tシャツに着替えて台所へ行くと、未来リンゴが僕を迎えてくれた。
テーブルの上にポツンと置かれた金属球を見て、今からこれを食べようとする非道徳的な自分を呪った。まさに神をも恐れぬ行為だ。おぉ、主よ許したまえ!
……でも、すぐに神なんて忘れた。今は未来リンゴである。
僕はハチマキをすると、作業着を羽織った。準備は万全だ。
さぁ、やってやろうじゃないか!
雄叫びと共にチェーンソウが唸りを上げる! 爆音の中、僕は高速回転する刃を、未来リンゴに向けてゆっくりと下ろした。両者がふれ合った瞬間、耳をつんざく鉄削音と、血しぶきのごとき火花が襲いかかってきた!
うるさい、熱い、ついでに痛い――という負の感覚を塗り潰すべく、僕はひたすら雄叫びを上げ続けた。
そんな状態で――いや、そんな状態だからこそ理解した。食べ物とは料理する物ではなく、倒すべき者なのだと。そして、これは聖戦と呼ぶべき戦いなのだと。与えられた使命なのだと!
しかしいつの時代にも、使命に目覚めた者を妨害する愚か者が存在する。例を挙げるなら、たった今、ドアの外で「うるさい」と騒いでいる近隣住民たちがそうだ。
品位のカケラもない、まったく迷惑な連中である。僕は戦いで忙しいのだ。ジャマするな、このファッXXXXコども!
20分もたった頃、アパートの一室は想像を絶する光景となっていた。
雄叫び、チェーンソウの爆音、鉄削音、ほとばしる火花、部屋を取り囲む群衆、それらが複雑に絡み合い、阿鼻叫喚の地獄絵図さながら――ある種の芸術作品というべき状態になっていた。
だがもちろん完成はしていない。この場においての芸術の完成とは即ち、僕か未来リンゴのどちらかの死を意味するからだ。
事実、僕の身体は悲鳴を上げていた。踏ん張り続けた脚はガクガクと震えており、疲労の蓄積した腕に感覚はなかった。
そんな僕を支えたのは、この未来リンゴなる謎の物体に挑戦するというフロンティア魂であり、「あなたじゃムリですよ」と鼻で笑った八百屋のオヤジへの対抗心であり、自分を超えたいと願う向上心であり、つまりは男のプライドなのだった。
未来リンゴも「食われてなるものか」と言わんばかりに、強烈な抵抗を見せていた。最後の最後、薄皮1枚がどうしても切れないのだ。
今やカン高い鉄削音はなりを潜め、サビた鉄がコスれ合う鈍い音が響くのみだった。それは、未来リンゴの断末魔の叫びとも呼べるだろう。
叫びと叫びが飛び交う中、僕は最後の賭けに出た。「これで終わりだ」と全体重を腕に乗せ、ありったけの――それこそ魂の叫びを上げた!
その時、全てが真っ白になった……。
部屋の外から聞こえる近隣住民の怒号によって、僕の意識は不鮮明ながらも呼び戻された。
床にうつ伏せている自分の身体は言う事を聞かず、すでに起き上がる力すら残っていない事を悟った。魂を支配していた炎の情熱も消えている。残ったのは抜け殻のような身体だけだった。
沈黙し、床に突き刺さったチェーンソウは、さながら墓標といったところか。まさに死人――あるいはゾンビである。
そんなゾンビの瞳が捉えたのは、一口サイズに分解された未来リンゴだった。
僕は震える腕を伸ばしてそれを掴み、ゆっくりと、ゆっくりと口の中へ運んだ。不思議とためらいはなかった。
もうろうとする意識の中、僕は思った。
未来は、やっぱり甘くない。




